設計S.Y.

航空機事業部 技術本部 技術部
飛昇体課
当時入社5年目
※取材当時の情報

父が操縦したUS-2、つぎは自分が設計のステージへ

入社理由

航空整備士の夢が、機体を作る設計者へと変化

父が海上自衛隊でUS-2型救難飛行艇のパイロットだったので、幼い頃から「かっこいい!」と飛行機への憧れを抱いていました。将来、仕事に就くなら民間機の航空整備士になりたいと思い、高専の機械電気工学科へ進学。ところが就活時期にコロナ禍となり、航空業界が大打撃を受けて、志望していた民間航空会社の整備子会社は採用を絞るか中止という状態になったんです。整備士になるのは状況的に無理かもしれないと考え、「飛行機の製造側も面白いかもしれない」とメーカーへと視点を切り替えました。そして飛行機を作るなら、やはりUS-2を作っている会社しかないと。「新明和工業なら父が乗っている飛行艇に関われる」と思い、当社一社に絞って応募しました。

仕事内容

US-2の維持設計から、現在は飛昇体の新規開発

入社後は半年間の実習の後、技術部構造課(現:飛行艇技術部 構造課)に配属。航空機の設計について、US-2新造機の維持設計を行う現場対応を通して学びました。並行して上司・先輩方の助けを借りながら、US-2の技術対策に関するさまざまな検討を約2年半にわたり主担当として実施。また、US-2を運用している自衛隊の部隊へ月1回の訪問対応や、定期整備に入った機体の不具合対応などを任せてもらいました。4年目からは飛昇体課へ異動になり、現在は新規開発に携わっています。飛昇体コンポーネントの開発は、お客様からの要望や基本設計に基づき、製造方法(組み立て方、部品の加工方法など)を決定していきます。US-2はすでに開発が終わり量産・維持フェーズに入っていますが、飛昇体コンポーネントの開発は「一からつくって試験する」開発・試作フェーズの業務です。開発期間は数年単位で、いま手掛けている製品は納品まで約3年かかっています。US-2、飛昇体どちらの部署でも、高専で学んだ「材料力学」「機械設計(JIS等の規格の扱い方)」などの基礎知識が役立っています。加えて、高専での実習の経験から、「まず手を動かしてトライアンドエラーする」という姿勢が身についていたことで、実践力としてのスタートが早かったと思います。

仕事のやりがい

整備を終え工場から出発するUS-2を皆で見送ったとき

US-2に携わった3年間には、上司から「間違っていたら正すから、まず自分の意見を出しなさい」と言われていました。自分で考えて上司に相談してフィードバックをもらい、何度もやり直してようやくOKをもらう。そうしてお客様(自衛隊のさまざまな部署の方)に報告するのですが、「よくここまでやってくれたね」と感謝されたときには達成感がありました。自分で考えて何度も修正して、最終的に成果が出たときが何より嬉しいですね。設計室と工場が同じ敷地内にあり、製造中や修理中、完成した機体を間近に見られるのは航空機メーカーとしての大きな魅力だと思います。製造を終えた、または定期整備を終えたUS-2を部隊へ引き渡す際には、部隊の隊員が乗り込んで操縦し、運用している基地まで飛んでいくのですが、実は甲南工場には滑走路がありません。そこでどうするかというと、US-2は海の上に浮ぶことができるので、海中へ続くスロープを使って機体を海に浮かべると、そのまま離水して飛び立っていけるんです。その様子を社員が並んで見送る瞬間は、映画のワンシーンのように感動的でした。「こんなにかっこいいものをつくっているんだ」と実感できるのが最大の魅力ですね。

これからのキャリアプラン

自分が開発設計した「新しい飛行機」が飛ぶ姿を見るのが目標

飛昇体課に配属となって4ヶ月ということもあり、まずは飛昇体コンポーネント製品の開発を通じて、新規開発のプロセスや知見を深める時期だと考えています。将来的には有人飛行機の担当に就きたいと思っていて、自分が開発設計に携わった「新しい飛行機」が空を飛ぶ姿を見ることを目標にしています。経験を積んで新規の飛行機を開発できるような技術者になりたいですね。そして、自分が高専で培った「トライアンドエラー」の精神を後輩にも伝え、導いていけるようになりたいです。私の上司や先輩方が、意見を尊重しながら親身になって導いてくれたように、私も後輩に寄り添っていきたいと思います。